京都新選組同好会は平成8年10月19日(土)、午後2時30分より山崎合戦の跡地である天王山へ出動した。 池田屋事変記念パレード後の9月例会を1ヵ月遅らせての会合として、禁門の変([蛤御門の変]元治元年1864)で敗れて天王山山中で自刃した隊長真木和泉守以下17名の眠る十七烈士の墓に参拝した。 JR山崎駅のすぐそばにある、「三笑亭」に散々吾々集合し、隊服に着替えた隊士幹部10名は、わらじを履いて天王山に取りついた。宝積寺の三重塔までは舗装道路ながら急勾配の登り坂。寺を過ぎると竹林に囲まれた山道になる。10分ほど登った七合目付近には、秀吉が味方の士気を高めるため。老松の樹上高くに千成瓢箪の旗印を揚げたと伝えられている旗立松があり、展望台が作られている。さらに5分程登った左手に、十七烈士の墓がある。墓所は天王山十七烈士奉賛会によって美しく保存されている。「烈士墓表」の石碑裏面には明治2年に長州藩によって建立したと彫刻されている。 「烈士墓表」に献花し、隊士幹部一人づつが線香を供え、隊長真木和泉守ら17名の霊を慰めるとともに、全世界の恒久平和を祈念した。 |
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